PROCESS 01. インタビュー

コピー機メーカーから
新素材はなぜ生まれたのか

容器包装やカトラリーなど、身近なところでも環境に配慮した素材を目にすることが増えてきていますが、素材や製品の選択肢はまだまだ多くありません。そんな中、2020年に株式会社リコーは植物由来の発泡プラスチック「PLAiR(プレアー)」を発表しました。石油を原料とする発泡スチロールに代わる新しい素材として登場したPLAiRは、2023年に食品容器対応を開始し、さらに活躍の場を広げようとしています。コピー機やカメラなどで知られるリコーがなぜ素材開発という新しい領域に挑んだのか。これまでの経緯から今後の展望に至るまで、今回の共創パートナーであるリコーのみなさんにお伺いしました。

きっかけはコピー機で培った技術

CYQL まずは、PLAiRが誕生した経緯について教えてください。

根本 前提として、リコーは20年以上前から「環境経営」という言葉を掲げてきました。これは、環境保全と経営活動を切り離せない一体のものとして考えるというポリシーです。そういった背景もあり、2010年頃にコピー機のトナーにポリ乳酸(PLA)を採用できないかという検討が始まりました。実用化にまでは至りませんでしたが、トナーに適したポリ乳酸の改質検討をしたノウハウを活かして、まずはポリ乳酸そのものを作ってみようとなりました。

CYQL ポリ乳酸はどんな素材なのでしょうか。

根本 化石資源由来である石油を使わない、植物由来のバイオプラスチックです。ポリ乳酸には「強度が足りない」「熱に弱い」という課題があったため、まずは強度の改善から取り組み、2015年までポリ乳酸自体を開発していました。

その頃はSDGsが国連で提唱される前だったので、ポリスチレンと同等以下の価格でないとビジネスとしては難しいと判断し、一度は中断もしたのですが、環境配慮への機運が高まってきた2018年頃に再開。超臨界二酸化炭素を活用したリコー独自の技術で、ポリ乳酸の重合技術を活用した「しなやかな発泡素材」というものを提案しました。

CYQL そこで「ポリ乳酸を発泡させる」というアイデアが出たのですね。

根本 従来のポリ乳酸の開発では、他の樹脂や添加剤を加えることで柔軟性を与える取り組みがされてきました。ですが、発泡させて空気を入れることでもポリ乳酸はしなやかになります。そこで、リコー独自の発泡制御技術を駆使して、ポリ乳酸を均一に発泡させることで、強度を維持したままシート化することに成功しました。

CYQL 発泡技術はもともとリコーの中にあったのでしょうか。

根本 はい。リコーが開発した、コピー機のトナーの樹脂をCO2で溶かす「超臨界二酸化炭素による可塑化技術」を使っています。世の中にもポリ乳酸と発泡を組み合わせようという取り組みはあったんですが、それを日常生活で利用できるようにした例は、開発当初はまだなかったと思います。

CYQL PLAiRの開発で特に難しかったことは何ですか。

根本 まさに「ポリ乳酸」と「発泡シート」という組み合わせの実現が一番難しいところですね。超臨界二酸化炭素を使う発泡は、これまで学術的にも検討されてきましたが、安定したシートの生産を前提とすると、まったくノウハウのないところからのスタートになります。

理屈としてはわかっていても、ほんの少し装置の調整やプロセス条件を変えるだけで発泡の仕方がガラリと変わる。その条件がなかなか難しく、それなりのものはできても、製品レベルにまで持っていくのは非常に大変でした。2019年に一人でこつこつと開発を始めてから、製品化まで約2年かかりました。

液体でも気体でもないCO₂

CYQL 超臨界二酸化炭素とはどういったものなのでしょうか。

根本 例えば、液体である水には砂糖を溶かす力がありますよね。逆に、気体である水蒸気に溶かす力はありませんが、液体よりも流動性が高いという特徴があります。この溶かす力と流動性を合わせもつ「液体と気体の間」が超臨界状態です。二酸化炭素は液状でもガス状でも樹脂に入り込まないのですが、2つの性質を兼ね備えるとよく染み込み、その結果ポリ乳酸が加工しやすい状態になります。

超臨界状態というのは、臨界点(二酸化炭素の場合、圧力が約7.4メガパスカルかつ温度が約31度)を超えた状態を指します。レストランなんかにも炭酸ジュースを出すために炭酸ガスのボンベが置いてありますが、ボンベの中にはすでに6メガパスカルほどの圧力がかかっています。40℃を超えるような夏場だと、もう中は超臨界状態です。一見専門的に聞こえますが、実は身近なところにもある、非常にありふれた状態なんですね。

CYQL 超臨界状態からどのような仕組みで発泡するのでしょうか。

根本 製造設備の中でぎゅうっと圧力をかけてポリ乳酸に溶解させていた二酸化炭素が、機械の外に排出されると圧力から解放され、炭酸ジュースの栓を開けた時のようにシュワっと一気に膨らみます。超臨界状態から解放され温度も下がると、二酸化炭素はポリ乳酸に溶けた状態でいられなくなり、ぶわっと膨れ上がることで発泡素材となるんですね。

CYQL とてもわかりやすいですね。開発からたくさんの困難を乗り越えてこられましたが、完成した時の気持ちはいかがでしたか。

根本 素材開発に完成はないと思っているので、そういう意味では「完成した」という気持ちはまだ味わっていません。もっと改善すべきところがいっぱいありますし、改良していかないとどんどんコモディティ化してしまうので、今も一生懸命研究しています。完成させずに課題を探し続けることが、技術開発には大切な姿勢だと考えています。

PLAiRの環境適性

CYQL PLAiRという新素材の特徴をあらためてお伺いしたいと思います。

根本 1番の特徴は、植物由来のポリ乳酸を採用しているところです。植物でできているので、焼却処理の際にはCO2を排出しますが、原料の植物が育つ過程でCO2が吸収されることで、環境負荷の少ない循環を生み出すことができます。

ポリ乳酸は、もともと硬くてパキっと割れるようなもろい素材です。そのため実用化しにくく、ポリ乳酸を扱う会社は化石資源由来の樹脂を混ぜたり、生分解性を持った他の樹脂を混ぜたりすることでしなやかにしていました。ただ、他の樹脂を加えると、コストアップやリサイクル、コンポストへの影響があるため、そこを空気に置き換えることで実用性を高めました。

現在、自然由来の素材の使用量は99%に留まっています。どうしてもポリマーの発泡適性を持たせるために添加剤などを使用しているからです。ただ、100%に向けた開発も進んでいて、ラボのなかでは100%自然由来の素材もつくれています。ここから実装可能なコストに抑えるなどの課題を一つずつ解決していき、数年以内には製品化したいですね。100%にこだわる理由は、異素材が混ざっているとリサイクル性や(工業用)コンポスト性が損なわれるためです。将来的には、使用済みの製品を、また同じように素材として使える状態にもしていきたいと考えています。

CYQL 開発プロセスにおいても環境に配慮されていたことはありますか。

根本 従来の発泡スチロールは独特な匂いがすると思うんですが、あれは発泡させる際に使っているブタンガスや溶剤の匂いです。それを二酸化炭素に置き換えていることも、環境負荷が少ないポイントの一つだと思います。地球温暖化の観点では、二酸化炭素は悪だというイメージがあると思うんですが、ブタンガスと比べると地球温暖化係数は低いと言われています※1。また、二酸化炭素は工業施設で排出されたガスを購入し、二次利用しているので、新たな二酸化炭素を発生させているわけではありません。

CYQL 今回PLAiRが食品容器に対応しましたが、食品用途としての開発は難しさがまた変わりますか?

根本 全然違いましたね。食品を載せた時にしなると中身がこぼれてしまうので、強度の検証はさらにシビアでした。また、人が口にするものと接触するため、安全性の証明は一番のハードルです。もちろんポリ乳酸自体はポリ乳酸メーカーが保証する安全性の高い材料ですが、それを成形加工するだけでもその安全性にお墨付きをもらうのは大変です。

ただ、たくさんのハードルがあっても、食品容器に対応するという目標はブレませんでした。食品容器は市場での消費量が多いですし、焼却処理するしかないほど汚れや匂いがついてしまう食品容器などもあることから、自然由来という特徴を持つPLAiRが食品容器に挑戦することはとても重要なことだと考えていました。

人にも地球にも安心な存在へ

CYQL 根本さんがこつこつと始められた素材開発を事業化するタイミングで、現PLAiR事業センター所長の山口さんが参加されるわけですが、当初はPLAiRのことをお聞きしてどんな印象でしたか?

山口 当時、私は技術企画部門にいて「ケミカル系の技術を使って新しい事業を作る」というミッションがありました。そこで根本さんの素材開発を知ったのですが、最初はリコーが素材を作ることにピンときていなかったんです。でも、展示会に発表したら「ポリ乳酸をよく発泡できたね」とものすごい反響があって。世の中に求められてるものであることを再認識して、そこから本格的に事業として企画を立ち上げて、どうやったら売れるかを考えていきました。

CYQL そこからPLAiRの魅力を世の中へ伝えていくフェーズに入っていくと思うんですが、現在掲げられている「『安心して使える』があたりまえの未来へ」という言葉は、どういった背景から生まれたのでしょうか。

山口 新素材を広めるためには、ブランドとしてどんな世界を実現したいかを考える必要がありました。そこで、プロジェクトメンバーの全員でいろんな言葉を出していったんですね。その最終選考に残ったのが「植物と空気からできた新素材」「『安心して使える』があたりまえの未来へ」でした。

橋田 化学物質として、人にとっても地球にとっても安心であるというポイントを大切にしました。ポリ乳酸という素材は、手術の時の縫合糸にも使われるような人体への親和性が高い素材なんです。

山口 PLAiRの廃棄の仕方には、いろんな選択肢があります。日本では可燃ごみ*ですが、システムの構築が完了すればリサイクルも可能ですし、生分解性を持っているので工業用コンポストで処理することもできます。ごみの量を増やさないという、使う側にとっての安心も生み出していきたいと思っています。

*PLAiRの容器にはプラマークがつき、各自治体によって処理が委ねられます

適材適所にフィットする未来

CYQL 皆さんはサステナブルな素材の現状をどのように捉えていますか?

山口 現在は世界的に石油離れへの意識が高まっていると思います。カリフォルニアで将来的にガソリン車の新車販売を禁止することが決まったり、ヨーロッパで使い捨てプラスチック製品の規制が始まったり、ここ数年で大きく転換していますよね。ただ、バイオマスですべてをまかなっていくのは現状かなり難しい。だから、汚れがひどくてリサイクルが困難なものは植物由来、化石資源由来ならリサイクル処理、と素材同士でうまく住み分けていく必要があると思います。

CYQL それぞれの素材を適した場所で使い分けていくような社会ですね。

山口 発泡プラスチックは年間でも約500万トン使われているので、汚れが落ちないようなリサイクルに向かない食品容器はPLAiRがカバーできるようになっていきたいですね。紙容器の代替にも向いていると思います。海外では発泡スチロール容器の禁止も進んでいて、代わりに紙が採用されていますが、紙では補えない部分もあると思うので、バイオマスのプラスチック素材が選択肢として挙がるようにしていく必要があります。

水谷 欧州では、スーパーの精肉を発泡スチロールではなく紙のトレーにのせて、フィルムで密閉する「真空スキンパック包装」が普及してきています。その手法は注目を集めていますが、結局紙の上から化石資源由来のプラスチックフィルムでパックしているので、そこにバイオマス素材がどう参入していけるかというところだと思います。

日本でも真空スキンパック包装をたまに見かけますが、日本の消費者は他国に比べて保守的な傾向があるように思うので、新しい包装形態を普及させるには時間を要するのではないでしょうか。従来の発泡食品トレーの見た目と劇的な変化がないPLAiRなら、その課題を解決できるかもしれません。

山口 植物由来のフィルムを開発してるスタートアップもいっぱい出てきているので、そういったところと一緒に取り組めると、環境にいい素材が自然と広がっていくんだろうなと思いますね。

CYQL 最後に、PLAiRが目指す社会や今後のビジョンを教えてください。

山口 これから化石資源由来のプラスチックに代わる素材として、PLAiRをグローバルでしっかりと浸透させていくには、共感してくれる人たちとどれだけ一緒にやっていけるかが重要だと思っています。国内だけでなく、ヨーロッパやアメリカでも興味を持っていただいている方々がいるので、彼らと協力して広げていきたいです。

社会課題を考えるのであれば、東南アジアなどのゴミ処理インフラが発達していない国にも参入していく必要があります。そのためには、コストも同時に下げていかないといけないので、まずはしっかりと先進国に普及させることで事業基盤をつくり、各国の社会状況や規範にあわせて素材をフィットさせていくことに挑戦していきます。